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「BROKEN THUNDER CONSTRUCTION」完結

04/26発行の「虎通」120号にて、八回に渡って連載させて頂きました「BROKEN THUNDER CONSTRUCTION」が完結致しました。
05/03の本編、つまりゲーム発売に連動した、良いタイミングでの完結となったことを嬉しく思います。時期を合わせるために全六回で組んでいたプロットの延長を要請されたのは、公然の秘密ってやつです(笑)。ともあれすんなり終われて良かった。
あとは公式サイトと動作確認版ですね。って、これ前にも言ったような気がするな……

以下はあとがきのようなもの。長いです。

 
 
 
 小説で展開したい、という話を聞いて、まず最初に、はぁ、と思った。
 STGにおけるストーリーやキャラクター、世界観というものは、あくまで変則的なマクガフィンであると個人的には考えている。ユーザーがそれらを媒介して行うやりとり=STGとしてのゲーム性が一番重要であるはずだし、その理解は、少なくとも文字で得るべきものではない。
 前例がないわけではない。「ゼビウス」や「式神の城」といったSTGには関連著作品が出ているし、「フィロソマ」などは明らかに世界観先行のゲームではあるし、レコ姫はぱんつをはいていなけりゃブラもつけていない。
 だが、前者はそのヒットしたゲームがあってこその表現であるはずだし、後者に関しては表現の志がそもそもSTGとは関係のないところにある。最後のはついでの勢いで言ったものだが、STGとはやはり別の力点であることは間違いないわけで……そして文字媒体とは、こういう類の力点を描くに適した表現のジャンルに他ならない。
 本質的にSTGと小説とは、相性がそれほど良くないのだ。ゲームというものが完全に個で成立した上での、副次的な下位表現としかなり得ないのである。
 先方からは好きにやれと言われた。要はあまり深く考えていなかったらしい。小説連載をすると言うからには、ゲーム本編における情報露出との相互タイミングなど、広報的な面と擦り合わせたプロットが既に用意されていると思っていたが、過去の産物としての設定が多少残っている程度で、どうやらそういうことではなかった。形にもなっていないタイトル。その文字媒体というリードに、どれだけの説得力を持たせられようものか。
 長く、そして孤独な仕事になると思った。

  ◆ ◆ ◆

 さて、この「BROKEN THUNDER(以下"BT")」、いくつかの個人サイトやブログなどでは「サンダーフォースVI」と表記しているが、実際のところはその亜種でしかないのは、皆様も感じ知るところ。けれども、形式的には別物であっても、数奇というかうろんというか、その成り立ちの経緯を考えれば、誰もが「サンダーフォース」(以下"TF")の関連作として触れるのは明らかであり、それは小説の連載においても同様であると考えられた。
 そこに至って、ぞっとした。だいたいTF3が、初めて自分のおこづかいで(メガドライブと一緒に)買ったゲームで、猿はおろか獣のようにやりこんだゲームなのである。軽く考えるにはTFを好き過ぎた。いくらBTがTFとは別物としても、世間の持つTFのパブリックイメージに手心を加えるなど――もちろん例え話であるが――神への反逆にも等しいのではないかと思ったものだ。
 だが、その賽を握って投げたのも自分自身。やるからには何を小説に託すのか。本来はマクガフィンでしかないSTGの物語に、どこまで理由を持たせることが出来るのか。もしくは、持たせるべきなのか。毎月B5サイズ2Pという縛りの中で、何を切り捨て、何を残すべきなのか。そして、最も重要と思われること……クライアント、及び自分の自己満足に留まらないコンテンツとするにはどうするべきか。
 その具合を見極めるには、好きだっただけのSTGシリーズを、その根っこまで自分のものにしなければならない。過去を巡る旅の始まりだった。そういう意味で題名に「組立て」を表す「CONSTRUCTION」を記した。もちろん、TF1の拡張モデルの副題を意識した単語という意味合いも含まれている。

  ◆ ◆ ◆

 TF5とそれ以前に世代間の隔絶があるように、x68k版TF2以前と以降にも隔絶がある。例えばTF2の連邦部隊のような(x68k版に詳述有り)、ならず者戦闘部隊の雰囲気と、TF5の近未来的なモチーフはゲーム画面中において容易に一致し得ないだろう。
 そもそもBTに触れる人のどのくらいが、モチーフとされる過去のシリーズ、TF2MD~4はともかく、TF1をプレイしたことがあるのか。x68k版のTF2も、TF3スタッフによる本作同様の亜流ゲーム「ゲートオブサンダー」も、プレイしている人はTF人口全体として見ればそう多くないだろうし、システムサコムによるパロディモチーフである「サンタフォース」の存在に至っては、もう100人に1人くらいの識題率だろう。まだ「サンダースピリッツ」の方がメジャーであるはず。
 行き過ぎたマニアックさと親しみやすさ、どちらを重視すべきかは一目瞭然だ。実際のゲームでも表現として採られるのは間違いなくTF5のセンスだと思われた。
 だからこそ、自分はその逆をやらねばならないと思った。これこそゲームに出来ず、しかし文章で出来ることだと確信したからだ。
 ならば、その根本をどのような表現と描写に据えるか。己に問う日々の始まりだった。

  ◆ ◆ ◆

 連載におけるその問いの答えとしての最たるものに、「ハイペロトロン」という言葉がある。
 クォークを含むバリオンであるハイペロンと、ラドン同位体トロンの合成物らしい(!)が、これはTF1からの単語である。ファイヤーレオの主砲のエネルギーだ。
 この「ハイペロトロン」における語感……特にハイペロンは「宇宙戦艦ヤマト」からの引用と思われる。
 というのも、TF1自体が当時のSF作品からのインスパイア溢れる作品であるためだ。正確に言えばプログラマーの吉村功成氏による、鮮やかなSFガジェット本歌取り。後に氏が大傑作「スタークルーザー」を創ったのは必然というものだ。
 ファイヤーレオは「ヤマト」のタイガー系であり、カウ・スは「トロン」のマスター・コントロール・プログラムであり、ダイラデイザーは「スター・ウォーズ」のデス・スターであり、デグラコーンはまんまTIEファイターなのである。銀河連邦も実は「スタートレック」準拠の「惑星連邦」表記だったりする。
(ちなみにテクノソフトにおいてこの「惑星連邦」をめぐるゲームはいくつか存在し、そのほぼ全てが吉村ワークスで世界観も共有されている)
 いや、まあ、どれも氏に確認したわけじゃないけれど、「蒼穹紅蓮隊」のエディトリアルデザイン級に確信的なフィーチャーだろう。小説媒体では庄司卓の「ヤマモト・ヨーコ」がこのタイプと言える。そもそものTFがそういう出自にあるならば、BTもこのような路線をイメージすべきであるという考えで、連載における設定を作っていった。どうしてそうなのかなんてことは、ゲームとしてのSTG同様に語る必要は無い。そのやりとりにドラマを感じられるかどうかが問題だ。連載におけるSTG的マクガフィンがここに誕生した。

  ◆ ◆ ◆

 TFシリーズは2と3において大きなゲーム性の変更を行い、4においては最も正統的な進化を遂げた。
 そしてTF5……これは一応の正統進化的タイトルだが、雰囲気やSF観が一変したのは、シリーズをプレイされた方々ならば周知であると思う。
 「ガンダムセンチネル」や「新世紀エヴァンゲリオン」「ガメラ2」など、モチーフをSFものから本歌取りする点こそ過去シリーズと一緒だが、シリーズ中最大のマクガフィン「Guardian」の存在が際立っている。きわめて異端である。本編ゲームバランスも3や4ほど練りこまれていない。
 それでいてちゃんとTF足りえたのは、やはり新井直介(=YUNKER MATAI)氏の存在が恐らく大きい。3Dを含むCG・プログラム・音楽の全てをこなせるマルチプルスタッフであり、唯一TF2から通しで参加したスタッフとしてのディレクション・プロデュースあってこそのTF感であったろうと思う。
 彼ならどうするだろうかということを、様々な執筆の局面で考えた。どのくらい文章にそれを反映出来るかではなく――どこまでも一人の作家はそいつの表現でしか書けないのだ――それを常に心がける緊張感が重要だった。背後で神様が見ているような緊張感が。ゆんける様、自分はどこまでやっていいのですか……と。
 月に二度の締切を自主的に設けて、加筆と削りをフレキシブルにおこなった。氏の創作に対する言葉であるところの「直感を忘れず、あと1%のブラッシュアップを怠らず」を意識しながら……

  ◆ ◆ ◆

 ……と、こういった当時の資料や情報の集積、その読み込みと整理による理解に基づいた上で、自分の言葉で書き綴るストイックな作業に終始したのが今回の仕事であり、また自分に課した命題そのものだった。
 今思い返せば、先方はこのあたりの取材的・編集的行為に関しては素人だったので、彼らとの間にサポート&コンセンサスの関係を密接に構築する余地が無かったのは残念と言うか、不運という他無い(だからこそ、自分のような汎用ジャンルのライターに白羽の矢が立ったのかもしれないし、そうだとすれば面白い判断だとは思うが)。このあたりの連携が強ければ、もっと良いものが創れたのではないか、という可能性は間違いなくあった。
 けれども、TFという作品に対する自分なりのアプローチを自己責任で、無形のプレッシャーを感じながら行うことを許されたという意味では、いち創作者としてむしろ感謝している。
 だから、連載そのものに関してはここでは言わない。世に出てしまったからにはもう裸者でしかない。全力を尽くした以上、可愛がられるか、けちょんけちょんに蹂躙されるかのどちらかだ。そこに余計な気遣いはありえないし、それこそが創られた作品と、創った人間が甘受すべき運命でもある。
 そういうわけで、連載に関しての文句は、全て自分に言ってくれると嬉しい。答えられることには全て答えたい。そのための材料はそこかしこに潜んでいる。気に入らない表現や展開に対してシニシズムに浸るよりは、自己の可能性を握り締めた拳で喧嘩に繰り出した方が生産的だし、なにより健康的であるはずだ。
 そして、その過程が、触れた方々それぞれにおいてのベストな物語を想像する手助けとなれば幸い。「BROKEN THUNDER CONSTRUCTION」も、そうして創られた数多ある解のうちの一つにすぎない。

  ◆ ◆ ◆

 そんな連載も、x68k版TF2を意識した通信で締め括り、今月分を以って終了。そして、ちょっぴり寂しくも思う。
 なぜならば、書き終えてしまったことで、自分はBTという物語のプロローグを、自分なりに内包してしまったからだ。要はとっかかりで、わくわくがっかり出来なくなってしまったのである。なんて悲しいことだろう!
 しかしどっこい、まだまだその余地は充分に残っている。なんとしてもFire-Leoに、RVRに乗りたい。その一心でここまで来たのだ。その意志はちっとも揺らいではいないし、また、ここでフィナーレという気持ちも全く無い。むしろ今から全てが始まるんじゃないかと思っている。Now, the long voyage begins. ってこれは違うゲームのEDだったか。でも一番ぴったりの言葉だと思うよ。


 2007 0403 貴島吉志

 PS.

 Factory Noise&AGの皆様・とらのあなの皆様
 R1様・N(えぬ)様・他、直接的&間接的に関わって下さった皆様
 そして連載、及びこの後書きに目を通して下さった全ての皆様

 Thank you and thank you again.

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